CURONECOMIC 66


BEAMS LIGHTSメンズ、ダークブルーブレザー、ダブチェックシャツ、ダブチェックジャガードニットカーディガン。ウィメンズ、ダブチェックジャガードニットワンピース、ダブチェックカットソーワンピースなどのサンプルチェック。ブレザーの裏地とシャツの後見頃をグレーとダークブルーの細か目のダブチェックにしている。ヨーク部分はしつこいと言う気がしたのでダブチェックを無しにする。ブレザーの二羽のダブが向かい合うデザインのエンブレムはピンを着けて着脱式にした。ヒカリエのショップに立ち寄る。オープンして一ヶ月、やっと少し落ち着いてペースを掴めたと言う感じかな。自転車で戻る途中に雨に会うがびしょ濡れになる程では無く、気持ちが良かった。星のアトリエのお茶の頃、大住氏が深津氏と共に。大住氏は細い体に細身のスーツをきっちり着こなして、いつものことながらダンディー。和やかで楽しい打ち合わせに、良い仕事になるだろうと思う。最初のミーティングはとても大切だ。仕事がうまく行くかどうかは最初のミーティングの印象で決まる。すんなり進むものはすんなりと、ギクシャクしたものはギクシャクと、最後までそんな風になることが多い。

暖かな一日だった。妙に寒かったり暖かだったりすると身体の機能調整が追い付いていない。湿度が低く、カラッとしているので家の中や日陰は涼しく、日向を少し歩くと、汗ばむ程では無いけれども身体の温まり方が早い。昼「いしおか」で納豆蕎麦をいただいたが、器の景色が美しく、この季節に相応しいと感じた。今日はボブ・ディランの誕生日で、FMでは朝からディランの曲が多く流されていたようだ。ディランは双子座、風の星座だね。いかにも。火、水、風、土とあるが、土が一番強い星座かなと思う。強いとか弱いとか、男子の理屈っぽいなと思いながら。土とは母なる大地の事、中心にはマグマがあり、地表を吹く風に土埃と砂粒を運ばせる。火、水、風はそれぞれ単一の強さを持つが、複合の力がない。火は単純に炎であり可燃物を燃やし、水は火よりも強く、風に飛沫を上げる。風は火を煽る点で面白い。土は風に運ばれ水に運ばれ、変幻自在、火の爆発で吹き飛ばされるのは、風と土と。絶え間の無い水の侵食、風による風化の力。土、マグマのようにあらゆる物全てを溶かし込んだ状態のものは無い。冷えて岩になる、堅ければ強いかな。それにしても何が強いかなどたいした意味は無い。それぞれの特徴が素敵だ。ディランは嫌いで聴かなかった。今は尊敬している。誕生日を祝って。

機会を得て葉山、逗子方面へ。「魚竹」で昼食。カウンターに座った老夫婦と店のご主人の会話が耳に入って来る。「沖縄に上陸と言うのを知った時には、日本は負けると思いましたねぇ」、「そうですねー」同年輩のお二人の会話に、今日初めて会うにもかかわらず、同時代を生き抜いて来た戦友同士とでも言った心のふれ合いを見て、厳かな気持ちになった。「またいらしてください」、「お気をつけて」、「お元気で」。道路に面した店のガラス戸の前で迎えに来たタクシーに乗り込む老夫婦に、カウンターの中からご主人、奥さん、お嬢さんと、皆が出て見送る。食後、海岸へ。人のほとんど居ない草の上に横になり、空と海を感じる。ギャラリー蓮へ。何も調べずに来てしまい、ギャラリーの休館日とは知らずインターホンを押した。何かパンフレットのような、いただくことの出来るものは無いかと訊ねた。出て見えた女性に親切にしていただき、休館日のギャラリーに案内されて、開催中の「それぞれの香り/香と書と印」、「書」小林桃子さん、「香」渡辺えり代さんの展覧を見せていただき、ご丁寧な作品など、展覧会の解説を受けた。これからセミナーをひかえたお忙しい時に、貴重なお時間をいただき、自分の気儘に呆れ、ご案内くださった女性の徳の高さに心よりの感謝をする。MOONRISEWATERのコレクションへ。毎年2回のショーを逗子の海辺のフラットで開く。服やアクセサリー等を数日間だけ。多摩美の友人のMICHIKOのブランド。ハワイ在住のMICHIKOは、ビンテージクローズやナバホのターコイズ、シルバーやビーズなどを、あらゆる点で自分の気に入った状態にして発表している。MICHIKOの性格のようにカラリとして屈託の無い品々に心が軽やかになる。昔話や世間話、多摩美時代の秘蔵写真などを見て大笑いしているうちに、あっと言う間に時は過ぎる。会う機会は年に一度有るか無いかなので、お互いの空白を埋めるには時間が充分とは言えない。

ESTNATION新宿、六本木、有楽町、銀座へ手鏡の納品をする。納品に廻るのは楽しみでもあり贅沢な気分転換でもある。ESTNATIONスタッフの皆様、ご来店のお客様方のご希望やご指摘を感想も含めてお伺いする機会は大変貴重だと思う。星のアトリエの日々は、一日一歩も外に出ないと言う自閉的な状態も多く、外に出て生きた話を直接聞くことが出来るのは例え一言二言であっても有難い。ESTNATIONで手鏡を扱っていただくようになって8年が経つ。三菱一号館美術館で「KATAGAMI STYLE展」を見る。日本の型紙については知らないことが多かった。江戸小紋や紅型、ろうけつ染めやアールヌーボー、分離派、あるいはティファニー、リバティ、ウィリアム・モリスの仕事と言った固有名詞やそれにまつわる断片的な知識は持つものの、今回の「KATAGAMI STYLE展」で示される型紙を巡る相互の関係や影響の図式に触れて、東洋と西洋、アジア、日本、ヨーロッパ、北アメリカの芸術と工芸における近年の歴史的な異文化の交わりの親密に改めて驚き、理解を深くした。

金環日蝕。自分の作品について時として気付く事だが、意志や意識を集中して作品製作をしていると、果たしてそれらが強く現れた作品になるに違いは無いが、その主作品と平行し複数の作品を同時に進行させる時、むしろその主作品よりも同時進行した脇役的作品の方が面白くて良いと評価する場合が多くある。強さに対して、少しの気持ちの隙間とでも言うべきものが生まれ、程好い緊張と安心が有るように見える。しかし、とは言えここで言う主作品を巡る出来事は、自分の製作テーマに従った王道を歩む際に、脇役的作品あるいは習作と言われる素材や技術的にも雑多で異なるものが力を得て、王を打ち負かす事が何ら不思議の無い必然であると思えるのも事実で、それは内在する無意識な表現の要求による下剋上である。意志や意識の集中は、必ずしも良い結果を生むとは誰も保証はしない。度を越した緊張は、それこそ破綻を来す。破綻結構。さらには、自分の携えたテーマに従おうが従うまいが、テーマを持った自分が製作し、手を下す以上、王道からは外れたように見えて、俯瞰して見ればむしろおおらかに全てを包括し、異形とも言える外見的に類似性の無い一卵性の面白味を持ち得る。主作品を集中して製作する場合に、務めて気楽に主人公を盛り上げる色々な性格の脇役たる作品を配することによって、物語は生まれ披露される。脚本も無く、特に台詞は要らない。今日迄をそこに注ぎ込む。

黒猫がもと来た道を引き返すと言うのは余程のことかと言う気がする。塀の上を歩いて来て、その下の方に見えるだろうと思われる我々はサンルームで夕食に用意した弁当を食べるところだったが、先程ROHASの搬出に新宿御苑前に行った帰りに、星のアトリエ手前の曲がり角の所で顔見知りの黒猫を見付けて、挨拶をと思い、車を止めて窓を開けてパンをちぎって投げあげた。黒猫は驚いて1メートル程逃げたが、車を車庫に入れながら「あいつ今頃食ってますよ。」と助手Aが言った。今度は黒猫の方が挨拶にとやって来たのかどうかは不明だが、助手Aが「美味しそうなお弁当だろう。」と弁当を持ち上げて黒猫に見せ、「まずは面接からだな!」と言い放つと、とたんに黒猫はすごすごと回れ右をして今来た道を戻るのだった。いつもならそのまま塀の上を歩いて行く先があろうものを、助手Aの言動にたじたじとなった様子が見える。また出直すか。塀の上を覆う笹竹をかき分け、潜り抜けて去り行くがさごそとした黒猫のたてる物音に、そんなつぶやきを聞いた。黒猫と助手Aの攻防は続く。縄張りは渡さない。

イェルク・デームス ピアノリサイタル。上野東京文化会館小ホール。建築物としての小ホールのデザインが好きだ。653席という定員も良い感じ。ドビュッシーの6曲には感服し、堪能した。プログラムの前半はバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンと、まるで授業を受ける様な見事に考えられたプログラムで、それぞれの楽曲でそれこそきちんと眠りに落ちた。素晴らしい波だ。休憩をはさんだ後半のドビュッシーでは冴え渡った音波がホール内を満たした感がある。終演後に握手したイェルク・デームス氏の指先は太く温かく柔らかく、鍵盤上を踊る指先の複雑な振り付けに長年に渡り鍛えられた、氏の柔軟な生きる様と未来を表す様で、嬉しく頼もしく思える感触だった。アンコール前のプログラム最終曲フランクの前奏曲、アリアと終曲については知識が無かったが、その分興味深く聴いた。プログラムは以下に。J.S.バッハ、バルティータ第1番 変ロ長調。モーツァルト、クラヴィーアのためのアダージョ ロ短調。ベートーヴェン、ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調。15分の休憩。ドビュッシー、月光の降り注ぐテラス、そして月は荒れた寺院に落ちる、月の光、水の反映、葉末を渡る鐘の音、金色の魚。フランク、前奏曲、アリアと終曲。以上。

金環日蝕をどこで見ますか。と助手Aが訊ねる。そうだね、どこで見ようか。皆それぞれにどこで見ようか考えている様子だ。自分らしく見ることの出来る場所はどこなのだろう。お天気が心配だとも。けれど、どこに居て、どの様にして居ようとも、見ることの出来る人は見ることが出来るし、見れない人、あるいは見る必要の無い人は見ないのだろう。見ようとどんなに願っていても見れないこともあれば、偶然に見る人もいる。173年に一度のこととは言っても、不思議の国のアリスのように、毎日が普通の日で毎日が特別な日だ。お誕生日じゃない日、おめでとう!と言う訳で金環日蝕は特別な事で普通な事。もしも見たら拝むのだろう、もしも見なかったら同じように拝むのだろう。普段の生活で、誰も気付かず意識にも上らないような、大きな、そして密やかな一度きりのショーが。いつでも僕らの目の前に。

新宿御苑へROHAS DESIGN AWARDに出品するSUZUMO CHOCHINを搬入。新宿御苑は風さわやかに香りたち、足下の芝生がフカフカして気持ちが良い。苑内の手洗いで遠足の幼稚園児がオシッコをするのに、ズボンを足元までおろし、便器にナメクジを発見、「ナメクジだー!」と大騒ぎになっている。最小限の手間で用を足せるようになるのは、もっと大きくなってからだね。大久保篤志氏のブランド、THE STYLIST JAPANの展示会へ。テリーさんが来ていらして一緒にあれこれと楽しそうに服を選んでいる。東京スカイツリーの内覧会へ。SOLAMACHIの1Fエントランスのハトのアイアンワークのオブジェ、そしてエントランスホール天井の太陽と葡萄のアイアンワークオブジェからエスカレーターサイドの大壁画、2FのFOOD MARCHEには隠し絵の顔の三連作等が有り、3Fソラマチタベテラスのキッズコーナー、太陽の四季や種の朝の男女の絵等、人が入るとより絵も生き生きとして嬉しい。一緒に見て回ったTYCOON GRAPHICS の鈴木氏のディレクションが良かった。ありがとう。銀座で高速を降りてESTNATIONのオフィスへ。退職なさる小谷野さんにご挨拶。ハンドミラーでお世話になりました。感謝。

昼「豊前房」で佐久間氏に邂逅。PLASTIXその後などの話題。楽しみにしています。そのまま新宿へ自転車でミーティング。今日の様に天気が良ければ丁度良い運動。汗もかかず爽快この上も無く。ナギちゃんと久し振りに会い茶飲み話。発想する力とは何だろうと考える。まずは行動力。動くこと。興味や関心のあることを試す、あるいはその場所に行く。そうすると単純に血の廻りが良くなって思わぬことを発見したり、気が付いたりする。イメージすることを頭の外に出して実体化しようとすると、大体のことは予想外で、その場所に行ったり、見てみなければ理解は出来ないと言うことがはっきり解る。何事も試してみないと自分との関係は本当には掴めない。もう一つ、記憶力。どの様な形でも良いから覚えること。覚えられないと思えば、忘れて良いためにもメモをとる。頭の中に沢山の引き出しを持ち、自在に引き出し、仕舞い、入れ替えられること。スピードが速いとなお良い。引き出しの数と組み合わせは無限だ。脳内に出来上がった思考回路を組み替える。そして行動する。

午後、水戸の料亭「とう粋庵」の主人でソムリエの上田氏に連れられて、鈴木茂兵衛商店の鈴木氏、東武百貨店の桜井氏の水戸組四人でワインのテイスティングへ。ワインの品定めと言うよりも並んだ120種のワインに品定められる。鈴木、桜井の両氏は酒がいける口。特に鈴木氏はテイスティングなので飲まないように、と言われても「あっ!飲んじゃった!」と言ってグラスを空にして笑わせてくれる。酒が強いのは羨ましいな。僕はアルコールの分解能力がかなり慎ましいので、テイスティングの、口に含み、試したワインを吐き出すことが当たり前の作法として許される環境は本当にありがたい。料理屋やレストランでは一度口に入れたものを出すような訳には行かないからね。出品されているワイン、シャンパーニュ、リキュールのリストを手に、気に入った銘柄の感想や特徴などを記しながら回る。中でもマデラワインが面白かった。ポルトガルのマデラ島で造られる甘口のワイン。大航海時代の大西洋航路、最後の寄港地として栄えた場所で、ワインを熱するのはご法度であるのだが、マデラ島で積み込んで約三ヶ月の航海を経て目的地に着き、樽から出したワインが偶然にも不思議な美味しさで熟成しているのを発見したのが発端となった。マデラ島は緯度で日本の長崎の辺りだが、航海自体はかなり赤道に近い所を通る旅となったようで、船倉はかなりの高温にさらされる。えも言えぬ芳香と味を有するその酒は、航海と同様の環境を再現する研究の結果、55℃で三ヶ月間、あるいは通常の地下のワイン蔵では無く、太陽に近い屋根裏の貯蔵庫で三年を経てマデラワインになる。もちろん屋根裏の三年物の方がまろやかで豊かだ。そんな55℃の三ヶ月物から1907年という年代物まで、10種類以上を解説していただきながら試飲したが、マデラワインの口当たりと独特の風味などや、それぞれの年代の物の個性が豊かで、100年以上前の景色や風物を年月のグラデーションをたどりながら、鮮やかに甦らせる力強い美しさを感じることが出来た。テイスティングに参加した、ただの飲み仲間のような僕らを赦されよ。マデラワインの薬草や、ともすれば紹興酒やブランデーにも似て、アルコール度数と糖度の高い甘口はやはり僕好みだ。他にはキリリとした甲州が良かった。

街を歩いていると、所々で椎木の瑞々しい香りがする。僕はこの香りが大好きだ。木々や草花の香りは季節の意味そのものを現し象徴している。草の夏、大好きな遊びのうちの一つに芝滑りがあった。段ボールやベニヤ板など、それぞれの気に入った板にロウをしこたま塗って滑走する。ただそれだけの単純で奥深い楽しさのある遊び。気に入った段ボールやベニヤ板は大事にして季節を共にする。芝や草の擦れて立つ匂い、その匂いを最近嗅いだことが無い。総合グランドと呼ばれた野球場や陸上競技場、体育館などのある一角が僕ら仲間たちの遊び場だった。特に縄張りと言う決め事も無く、早い者勝ちで自由に遊び回っていたが、最上質の芝の斜面があるのは何と言っても市民球場の外野席だったので、大人たちの野球大会で入場が無料の日には、仲間の皆で野球を見ながら芝滑りをしたものだった。しかし何と言っても僕らの遊びの中心は野球だったので、観戦しながら大人たちのファインプレーや凡プレーに歓声をあげたり野次を飛ばしたりするのも楽しいひとときだった。試合に退屈すると芝滑りなどしながら、さんざん斜面を転がり落ちたりはい上ったりする。試合が終了すれば、夜間照明などある時代では無いのでもう薄暗くなりかけている。夕陽ウォッチャーでもあった僕は一人でライトスタンドの向こうに夕陽が沈むのを見届け、残照の美しさをゆっくりと堪能して、真っ暗になる前に夕食に間に合うよう、急いで帰宅する。球場で試合の無い日には、隣接するサブグラウンドでさんざん野球をした後、市民球場の石垣をよじ登り、球場内に忍び込んで外野席の芝滑りを恐る恐る楽しむ。グランドボーイに見付からないように。グランドボーイとは言え少年では無く、多分、40から50才位の品の無い連中で、見付かって運悪く捕まったりすれば、怒声と共に容赦の無い往復ビンタが炸裂する。奴等はビンタが上手で良い音をさせる。いつも決まって一人、誰かが逃げ遅れてやられる。僕らは物陰でその惨劇を息を潜めて見守り、ヒックヒックとしゃくりあげながら肩を揺らし、石垣を降りて帰ってくる仲間を待ち構え、慰める。もちろん僕は鬼ごっこが得意なので痛い目に遇ったことは無い。夏草や汗と涙とアイスキャンディー

母の日。母に紅頂花の小さな鉢植を贈る。小さなケーキを買い一緒にいただく。近頃やっと少しずつ気を許すようになった野良猫が、朝、昼、晩と食事をねだりに来るそうだ。鼻の辺りが黒いのでハナクロと呼んでいるが、てっきり雄猫だと思っていたのが、最近ご近所からの情報で雌だとわかり、そう言われて見ると確かに女の子らしい顔付き、仕草に見え始める。だけどやはり雄猫の貫禄を感じる。いつも縁側の角の植木鉢の陰でじっと待っているらしい。母の日は五月の第二日曜日、母の愛に感謝を捧げる日として一人のアメリカ人女性が亡き母を偲び白いカーネーションを配ったことに始まるとか。後に「母の日」として制定され広まった。亡き母を偲ぶ者は白を、健在の母に感謝する者は赤いカーネーションを胸に着けた。日本には大正時代に伝わったらしいが、定着したのは戦後とある。もとは母に何らかの贈り物と言うよりは気持ちを表す日であった。ハナクロは今日は僕の帰り際にやって来て、こうも頻繁にやって来るのは、お腹に子供を宿しているのかも知れないと母は言う。母になるかハナクロ。

今日はぐるりと散歩をしたよ。代々木公園のタイフェスティバルではあまりの人の多さに、この人波に乗って果たして向こう岸にたどり着けるのかどうか、泳ぎが得意では無い僕にとっては気が遠くなるような午後の始まりだった。漂流の途中でヤキソバとヤキトリを立ち食いして、タイ語では何と言うのか忘れてしまったけど、まあいいや。そんな気分。建ち並んだ屋台から大音量のタイのポップチューンが流れていてうるさいな、と思っていたけど不思議とヤキソバやヤキトリを食べていると心地好い音楽に聞こえ始めるものだ。トムヤンクンの麺物やその他の汁物もあるのだが、それらが入ったプラスチックの丼を持って人波の中を突進して来る人、人波が宗教の物語の中の出来事のように真っ二つに分かれて行くのが見事だ。タイのガールズポップグループ風三人組のステージを見て原宿モントークへ。TOWA TEI&GRAPHICKERS展の展覧会場の一つ目。お茶をいただきながら休憩し二つ目の会場、BA-TSU GALLERYへ。ここがメイン会場。多くの作品をゆっくりと見る。PINK DRAGONに挨拶して、三つ目の会場、新丸の内ビルディング7階のLIBRARYへ。ここでは映像作品をゆっくりと見る。シルバーのフォイルを貼った作品は切れがある。タイフェスティバルとTOWA TEI&GRAPHICKERS。今日はちょっとした旅行日和だったと言うこと。今読んでいる本は美術作品の意味を読み解くというテーマの本なのだが、逆説的に面白く読んでいる。TOWA TEIの作品は読み解く努力は必ずしも要しない。既に解けたものが広げられて、出来る限り意味を持たせないような意味を持たせている。解くべきものはないように。

ロベール・ドアノー写真展。東京写真美術館。生誕100年を記念した回顧展。ドアノーの写真は多くの人々に愛されている。ドアノーがカメラの前の人物や風景を愛したであろうように。そんな親密な空気とチャーミングな時間が現像されて印画紙に焼き付けられている。アコーディオン弾きを撮影したコンタクトプリントがある。状況やプロセスが掴めるのが面白いけどドアノーとしてはNGかも知れないな。コンタクトプリントを見るとドアノーが写真を撮る際の楽しみ楽しさがダイレクトに伝わって来る。ドアノーの写真は、被写される人物の内側への入り込みに特徴がある。仲良くなって気のおけない間柄になって初めてカメラに収まる写真になる。レジスタンスの仲間を撮った写真などは、危険な証拠写真であるだけに強い信頼関係が伺える。子供を捉えた写真も多く、子供たちにカメラを向けるに際しては独特なアプローチがあったのだろう。カメラを手に子供の前に現れるドアノーは、きっと子供にとって、とても自然な存在だったのか。愛して愛される写真家ドアノー。ヴオーグ時代のモード写真や近代建築の写真のように、ちょっと気乗りのしていないテーマの写真も堂々としている。

午後2時過ぎた頃から予報通りに空が暗くなり、高さの異なる幾層にも重なった雲がそれぞれ別の方向に早い速度で動いている。雨と雷鳴と冷たい風と。今日はアトリエにこもりきり、ここの所寄せ集めた数々のピースを組み立てようと試みる。どの様なシルエットが浮かび上がるのか、また、どの様な立体になり得るのか。書、禅、ピアノ、洞窟壁画、ダンス、和声。作品を工芸的な手法で完成させるプラン。



東京スカイツリーのオープンが近付いて、ミック・イタヤのウォールペインティングもデビューします。スカイツリーWEST YARD 1Fソラマチ商店街のエントランス天井を飾る「ニコニコタイヨウ」のアイアンワーク、エスカレーターサイドの「タイヨウトブドウノキ」の大壁画に始まり、2Fフードマルシェ、3Fソラマチ タベテラスへと続く各所にウォールペインティングの数々が描かれています。ミック・イタヤと共に一部ご紹介いたしましょう。画像はエントランスホールのアイアンワークオブジェ「ニコニコタイヨウ」。1Fから2Fへのエスカレーターサイドの大壁画「タイヨウトブドウノキ」。3Fの「タイヨウハルナツアキフユ」です。また詳しくご紹介いたします。

イーヴォ・ポゴレリッチ、ソロピアノリサイタル、サントリーホールにて。昨日思い付いて予約。この思い付きは、アクションペインティングや書道、そして僕自身の作品製作と関係が深い。ポゴレリッチの演奏曲目がショパンとリスト、2曲ずつと言うこと。同時代の両極を成す2人の曲目を交互に取り上げるとは興味深い。ポゴレリッチの容姿や言動も特筆すべき点が多い。理由はあるにせよ、タキシードに雪駄履きでステージにと言ったことなど。曲目は、ショパン、ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調op.35「葬送」。リスト、メフィスト・ワルツ第1番。ショパン、ノクターンハ短調op.48-1。リスト、ピアノ・ソナタロ短調。ショパンの「葬送」は震災への鎮魂の気持ちを込めて選ばれたと思われる。ステージ上手より登場しサントリーホール常備のスタインウェイ、コンサートグランドの前に座るや否や左手が鍵盤に降ろされた。一切の溜めは無く。ある時は渾身の力で鍵盤を押し込み、叩き、撫で、そよがせる。素直な、自己に正直な解釈が技術に裏付けられて天才を発揮する。椅子から腰が浮く。大きな黒いタキシードのウサギのように。

GENESIS PUBLICATION社に鋤田正義氏撮影DAVID BOWIE写真集「SPEED OF LIFE」を注文。新宿御苑でのROHAS DESIGN AWARDにSUZUMO CHOCHIN出品依頼。男爵頭像と婦人頭像。写真家小木曽威夫氏にDICTIONARYのT-SHIRT撮影依頼。撮影はサンプルが出来次第。昼「豊前房」へうどん。星のアトリエから丁度良い散歩。新しいSUZUMO CHOCHINのプラン。難航。物忘れして答えが出かかり、思い出しかけているのに思い出せない感じでアイデアが出ない。布袋寅泰氏ロンドン移住の知らせ。おめでとう。今後のさらなる活躍に期待。世界の布袋への旅。紳士ソックスデザイン依頼。KICKAPOOのDM活版試し刷り。小さな文字も奇麗に出ている。思い付いて明日のサントリーホール、イーヴォ・ポゴレリッチのソロピアノリサイタルを予約。今必要なイーヴォ・ポゴレリッチのピアノ。台北アートフェア出品用の作品をB GALLERYに。

ラジオでは連休明けなので仕事の調子が出ない人も多いでしょうから、この音楽で元気を出して、とかリラックスしてとか言う。僕の生活は基本的に大型連休であるとか日曜日、祭日とかあまり関係無く、むしろ変に休まない方がリラックス感や緊張感を維持出来るので、つい仕事作業を続けてしまいがちになる。とは言え、なんだか調子が出ないなあと、感じて、やはり連休のお陰様でペースが狂っていると気付く。大人しくラジオの調子に合わせてみるか。星のアトリエで昨日の竜巻の話題になる。大きな雹が横から飛んで来るとか、乳房雲が見られたとか。気象の烈しさ。尾根を登山して雷に逢ったらどのように逃げたら良いのか。尾根では下から雷に打たれることが有るそうで、逃れるにはどうすれば良いのか誰も答えを持たない。海での雷の場合、頭だけを出して浮かんでいるのはとても危ないそうで、雷が近づいて来そう、または発生しそうだと思ったらすぐに海から上がるように教えられたとか。竜巻や雷からどの様に身を守るかなど素人の談義は取り留めも無く、正しい避難の方法を覚えたい。竜巻きで部屋の中をタンスが踊っていたなんて自然の力は計り知れない。僕ら人間はお邪魔いたしておりますなのだ。威張る事なかれ。

東京国立近代美術館JACKSON POLLOCKの最終日に滑り込み。禅坊主の修行のようだ。それはある見方をするとまるで書、筆を画布に触れる事無く描くとは。アメリカ人らしくスナップを利かせて絵具を蒔く。露地にに水を打つにも似て、ただし無心になろうとするばかりに考えないように素早く。若い時からアルコールに依存し、苦しめられた。30年代のアルコールは質が良く無かったのだろうか。など考える。アクションペインティングにおいて、ある境地に達したかと思えるが、晩年になって具像的なモチーフが顔を出す。POLLOCKは描かずにはいられなかった何かがあったのだろう。無心になって絵具を画布に蒔き、偶然に浮かび上がるかもしれない天からの霊的な像を求めたかも知れない。古代人のように。そのことを知っていたのだと思われる。絵具を蒔くのは楽しかったのだと思う、最初のうちは。次のステップを求めた。当然だろう、修行の途中だと思えば。アクションペインティングの時代に、それ以外の修作もあっただろうと思う。アクションの傍らで製作した何らかの作品。それはどんな物だったのだろう。床に敷いた画布の外の、床に飛び散った絵の具、それが大きな意味を持つように。筆を画布に触れる事無く抽象から具像を描き出そうとしたアイロニカルな禅坊主。POLLOCK。展示品の最後にあった錨が面白かった。

東京国際フォーラムで開催中のラ・フォル・ジェルネ・オ・ジャポン・2012へ。「熱狂の日」音楽祭2012。たくさんのクラシック音楽ファンで静かな熱気にあふれている。今年のテーマはサクル・リュス。ロシアの祭典だ。ラ・フォル・ジュルネは1995年、フランスのナントで始まったクラシック音楽祭で、日本では2005年から開かれている。3日から開催されていたが、今日の今日だったので、おまけに夕方行ったので、それでもホールC、ドフトエスキーでの演目、勅使河原三郎氏のダンス、振り付け、ヴォックス・クラマンティスの合唱、ヤーン=エイク・トゥルヴェ指揮の中世から現代にかけての典礼音楽とダンスを楽しむことが出来た。Vox Clamantisは1996年設立の中世の多声声楽曲、及び現代音楽を得意とする歌手、楽器奏者の集団。指揮者のヤーン=エイク・トゥルヴェはグレゴリオ聖歌の指揮法を学び、Vox Clamantisを設立した。演目はキリルス・クレークの「夜の典礼」、作者不明、讃歌「沈黙の光」ズナメニ聖歌、ベルトのカノン・ポカヤネン / 痛悔のカノンよりオード1、オード3、オード4、コンタキオン、イコス、カノンの後の祈り。勅使河原氏のダンスは品格があり優雅。声楽とともに美しい時が流れる。マスタークラスと言って講演に出演するアーティストが若手の演奏者を指導する様子を公開するプログラムがあり、ピアニストのクレール・デゼールさんが教えている所を見学。曲のイメージを曲の時代背景や当時の流行、そして、込められたイメージを抽出して理解、発散する方法やプロセスが垣間見れて短時間ではあったが面白い。生徒と先生の巡り会い、相性について考えさせられた。この様なプログラムが多数組まれている。

下館の「荒為」で昼食。この建物は江戸時代から明治、大正、昭和と増築された由緒の有るものだ。下館の荒物で財を築いた豪商の屋敷が今は料理屋になっていて、折折にお邪魔する。季節の料理が飾らなく楚楚としていて好きだ。近くに「時の蔵」と言う倉を改装した小さなギャラリーが有り、この建物は時計屋さんの倉だったそうだ。壊されかけた倉を地元の有志が独力で「時の蔵」として再生したと中心人物の一木氏が説明してくれる。今、「時の蔵」では下館が生んだプロ野球の大選手「田宮謙次郎展」が開催されている。ところが、入って見ると、一階と二階の展示室の一階のほとんど全ては昭和34年、第41回大会にたった一回だけ甲子園出場を果たした下館一高野球部の展示になっている。「田宮さんは下館一高で甲子園に出たのですか?」と尋ねる僕に一木氏は「田宮さんは甲子園の出場経験は無く、当時は阪神の四番打者で大活躍なさっていました。郷里の母校が阪神球団のホームでもある甲子園への出場と言うこともあって、大いに喜んで、差し入れをしたりあれこれ面倒を見て、応援をしたらしいのですよ。」と説明してくださる。さらに一木氏が話してくださるには、チームは甲子園の初戦で15対1と大敗を喫し、おまけに甲子園でのエラー数の新記録を作ってしまったそうだ。その結果面目を無くした田宮選手との関係もギクシャクしたらしい。下館一高野球部の展示を見て行くと、大会最年少の26才、そしてデビューしたばかりで大人気だった巨人の長嶋選手にそっくりと言うことで、メディアからも特に注目された菊地監督を選手が囲む全員満面笑顔の、本当に良い顔をした素晴らしい写真がある。まるで優勝した時のようだ。「これは皆本当に良い顔をした素晴らしい写真ですね」と言うと、一木氏が実はこの写真は大敗をした翌日、全員が観光で淡路島に一泊した時のものです」と言う。その下には黄色く変色した新聞のスクラップ。駅前の広場で出迎えた大勢の下館市民の前に深く頭を垂れ、項垂れた黒ズボンに白シャツ姿の選手達の写真がある。淡路の写真の笑顔は屈託ない、心からのびやかな少年の笑顔だったので二点の写真のコントラストに心が痛む。淡路の写真の野球少年達は大敗した事やエラーの新記録の不名誉を解消した顔に見える。菊地監督との信頼感と充実の日々を締めくくる良い一日だったのだろうと想像する。この時の下館一高野球部の甲子園への快進撃にはエース中島選手を巡るドラマが有ると言う。41回大会の前年に父を亡くし、野球続行が阻まれた折、遠方で仕事をしていた兄が帰郷し父親代わりになって支えたが、その兄が自殺すると言う再びの不幸に見舞われたところを「おまえがいなければ野球をやる意味がない!」とチームメイトや監督の尽力によって支えられ、一丸となってプレーした結果の甲子園だったのだ。多くの場合、甲子園に出場するとその記念碑が母校の構内に建てられるそうだ。学校はもちろん行政やOB、父兄が協力し寄付を集めて作るらしいが、この下館一高野球部に限っては、記念碑などは無く、出場から50年後の平成20年、当時の選手達が自分達で建てたそうだ。その写真も展示されている。一木氏は田宮謙次郎選手のご遺族からの依頼を受けてユニフォームや残された選手時代の遺品をお預かりすることになるにあたって、下館一高野球部と野球人田宮謙次郎の人間臭いドラマのある関わりを少しでも市民に知ってもらいたかったと言う。郷土の誇りとして。田宮謙次郎氏の父君は「荒為」で修行し独立、紙業で大成功なさった方だそうだ。

久し振りにテレビを見た。久し振りに見るとテレビに出て来る人や役者やタレント、お笑いの人、アナウンサーの方々など以前見た事のある人々は、人相が変わっている人が多く居て驚くことばかり。と言うことは自分も変わっていると言うこと。ほとんど1年振り位になると、知らない人見た事の無い人も多く居る。今では、本当に別の世界なんだなと感じる。日常のリアリティの全てが絵空事の2次元。むず痒い3D。夢と現実の間って厄介なものだ。あまりにも面白いから。映像は何を伝えようとしているのかな。

本格的な雨。白状すると低気圧に強いとは言えない。いつもより明るい色のシャツを着てみる。レモンイエローのもう少しだけ黄緑がかった色のもの。包まれる色で気分は変わる。気分を変えたい時に身に付けるものを替える。見る人の印象もあるが、まずは自分の気持ちを整える。素材の問題も大きい。天然繊維が好きなのでこれはもちろん無視出来ない。肌と触れる所に人工のものは魂が受け付けない。自分の皮膚と呼吸し合わないのが理解る。それが許容出来る事はあまりない。心を込めると言うのは、大切にすること、愛情を注ぐこと。費やす時間の長短の問題ではなく。だけど時間はかかる、その時間は必要な重要な時間。何でも簡単に済ませようとするのはどうかな。簡単なところに美は無いし、気持ちも良くないからね。心を込められる人が心を込めて作ったものなら大丈夫。対価の高い安いでは無い。311以後問われていることの一つだと思う。心を込めて作られた原子炉なのか。それは美しいのか。ひとりひとりが考えてみる。心が込もっていると言うのなら、どのような心なのか。美しいと言うのなら、どのような美しさなのか。そのことに説明が必要な美なのか。

ゴールデンウィークの中日。星のアトリエは暦通り。助手Aは早く来た。8時30分位かな。まあまあね。五月の風を通そうとデザインルームの模様替えと掃除をする。子供のときになりたかったものは何?と、お茶の時間に話題にしてみたら、助手Aはどうしてそんなイタイこと聞くんですか、という調子で相手にはなってもらえなかった。そうだね。デザイナーのYは子供の時にサラリーマンになりたかったと言う。YMOの増殖が流行っていて、グレーのスーツに黒いネクタイがかっこ良いと思ったと。サラリーマンって、スーパーマンとかスパイダーマンとかの「マン」、つまりサラリーマンと言う特別なヒーローだと思っていたらしい。おまけにサラリーローンと言う言葉もヒーローだと誤認していたらしく、それもまた強いものだと思っていたと言うので、子供のときになりたかったのがサラリーローンとは見事だなあ、と変に感心する。好きな食べ物は、と尋ねられてザルソバと答えるようなちょっと変わった子供だったらしいけど、今思えばかわいいね。

子供の頃になりたかった職業を思い出してみた。建築家、カーデザイナー、カーレーサー、戦闘機乗り、寿司屋の板前、アメリカンフットボール選手、天文学者、ロックミュージシャン、映画監督。思い出せたのはこれくらい。大好きだったこととなると、野球、鬼ごっこ全般、空想、天体観測、ドラムス、焚火。そして得意だったことは、野球、鬼ごっこ全般、図画工作、ドッジボール、薪割などが思い浮かぶ。こうして軽く思い返してみると野球は大好きで得意だったけれど職業にしようとは考えなかった。鬼ごっこ全般が大好きで得意と言うのは、今では信じられない位足が速くてすばしっこかったので誰にも捕まらない自信があったし、ドッジボールも同様に絶対にボールを当てられない自信と、どんなボールもキャッチ出来る運動神経があった。たとえ身体に当てられても、ぶつかって跳ね上がったボールをキャッチした。野球は強く速いボールを遠くまで投げることが出来た。多分、テレビで視たのだろう、そんな自分が活躍出来るのは、ヘルメットやユニフォームもカッコいいアメリカンフットボールの選手だと思い、なりたいと憧れたが、町にはそんなクラブやプレイヤーの影も形も無かったし、いつの間にか興味は移って行った。今ではおぼろげではあるけど、子供の頃の強い憧れだった。こうやって書き列ねてみると、子供の時代の自身の未来への夢や希望のなかに、今の自分の源像がひそんでいるなと思う。当たり前のことかも知れないけど、いつでもイメージする、なりたい自分になって行こうとしている。戦闘機乗りや天文学者になる夢は、諦めたのではなくてイメージするのを忘れていたのだ。

昭和天皇陛下の誕生日。昨夜は早めに眠りについたのでいつもとは違う目覚め。夢見も違っている。原宿で原発反対のデモ行進に会う。Coolie’s Creakへ清志郎さん追悼展の絵を届ける。今、インターFMからGREATFUL DEADの曲が流れている。先日亡くなったTHE BANDのリボーン・ヘルムを偲んで、曲はランブリンオンロードだったかな?F.O.R.岡野氏のお洋服の展示会にお邪魔する。岡野夫妻の服とコサージュ、僕は本当に好きだ。美しいものに対する真摯で素直な心がしっかりと現れているから。売る事、営業的な事が苦手で、と苦笑するが。それで良いよ。続けて行けば遅かれ早かれ広まるよ。続けることが大切で大変なこと。僕はF.O.R.とla flureの大ファンだ。清志郎さん追悼展の絵は「RUDE BAND」と名付けたが、賢左衛門さんが、吹き抜けの高いところに展示しようと言い、それを見て「天井のルードバンド」だと言った。「THE RUDE BAND OF THE SPHERES」。バラカンビートのゲストにモーガン・フィッシャー氏が出ている。モーガンさんは言わずと知れたMOTT THE HOOPLEのキーボードプレーヤーだったが、27年になる日本での地味で地道で面白い活動が、今、光を浴び始めたと思う。バラカンさんと気が合うね。MOTTのアメリカやヨーロッパツアーの前座をQUEENが務めていた話、日本公演の話がMOTTに有ったがギャラが安いので前座バンドのQUEENを送り込んだら大ブレークした話。その後のMOTTのツアーの前座はNEW YORK DOLLSが務めて、前座バンドなのに恐ろしくてMOTTのメンバーは誰も声をかけられなかったなどと言う話。体験したご本人の話は生きてる。

塀の上で黒ネコが休んでいる。さっきまで塀には陽の光がさんさんと輝き当たっていたのでとても暖かいのだろう。お腹をペタリと付けて何十分も腹ばいになっている。彼の満足は立ち去るときの大きな、大袈裟に過ぎるような伸びと、これもまた鼻を三角にした特大の欠伸に表されている。悠悠と歩き去る様子には貫禄が見え、表れた時と同様に何事も無かった風に木立の向こうへ姿を消した。星のアトリエの周囲には何匹かの野良猫が居る様子だが、なかなか出会わない。今日は幸運だった。尾の先が鍵型に曲がった黒猫は黒猫の中でも特に富と幸運をもたらすと言う。手水には鳥がやって来て水浴びをして行く、その手水の石の縁には黒褐色の毛虫が枝垂れかかる笹の葉の方向へゆっくりと、あるいは毛虫としては大急ぎで移動して行く。ふと見上げた空を揚羽が横切る。外の通りの両側に植えられた花水木が、真白い花を咲かせて可愛らしい。春が進んで行く。自然は都市の直中でも大いなる自然だ。

助手Aの誕生日。希望によってタコ焼きを用意。ピラミッド型に積んでマヨネーズでHBDの文字と、名前を書く。こんな風にしてタコ焼きを食べたことは無いな。Coolie’s Creekでの忌野清志郎追悼展のための作品「無礼者の音楽隊」額装出来上がる。CLUB KING、DICTIONARY誌上でのT-SHIRT AS MEDIA 2012 AFTER 311 ROCKN’ ARROW Tシャツデザイン。太陽天馬「STARION」の流れ星の矢印をモチーフにして。災害時の矢印、避難誘導サインをブランディングするアートプロジェクト。命を救う矢印。

「無礼者の音楽隊」額装出し。17時30分の回、HIROMICHI NAKANO 2012-13 A/W COLLECTION。EBIS GARDEN HALL。若月氏がステージをプロデュースしている。四方さんは元気ですかと尋ねると、昨年末に電話が有り、引退すると告げられて驚いたと言う。僕も驚いた。会社は後進に委ね、本当に隠居しているらしい。電話でもしてみてくださいよ、と若月氏。コレクションは赤と黒を主体に鮮やかなブルーやグリーンを効かせたHIROMICHIらしく可愛らしい服の数々。ニットのギミックが僕は好きだ。ネックレスや、マフラー、ポシェットなどが柄として編まれていてキュートに仕上がっているし、ニットのワンピースにボレロ風の上着やインナーをすべてジャガードで表現したシリーズなどは特に好みだ。何とも言えないPOPなぺらぺらの可憐、しかしあたたかな質感でそれでいてノーブルな印象はHIROMICHIの真骨頂と言える。

水戸へ行く。茨城県総合福祉会館で開催中の水戸書芸院、深見紅雨先生の主催する「書契」誌友展を見に寄る。紅雨先生は書家、故深見子浩師の弟子であり妻であった方で、ご自身が書道家になろうとは全く思いもしなかったとおっしゃる。子を育て、ただ良き妻であろうとなさったが、にこやかで大らかであったと言う子浩先生の傍らに生きて、その見識と書に向かう気迫とを自然に会得なさったと思える。紅雨先生は、元来明るくお茶目で可憐な方である。その書には先生の本質的な性向と、激しく厳しい表情が顔を覗かせて楽しいと同時に鋭い。仲間展として学生、初心者の作品も多く展示されており、そこには子供たちの自由が感じられる書が興味深い。尋ねると、先生と話をしながら書くのだそうで、例えば「風」という文字であるならどんな風か、顔に当たり気持ちが良いとか、風に乗って空を飛びたいなど、その字をイメージして会話をしながら書くようにすると言うことだ。創造性と創作力を引き出すとても面白い試みだと思う。書に向かう時、筆に墨を含ませて紙に接する一瞬に、それまでの人生の全てをかける。鈴木茂兵衛商店へ。SUZUMO CHOCHINのパッケージと新しい提灯の製作に向けての打ち合せ。良いアイディアが降ってきますように。

渋谷ヒカリエ内覧会。BEAMS LIGHTS渋谷ヒカリエ店のプレオープン。先日オープンしたお台場のDIVER CITY店と同様に、こちらのお店にも壁画が飾られている。ただし、こちらはスペースが4mと横に長く、DIVER CITY店よりも大きな画面になる。お世話になっているBEAMS社のスタッフの皆さんや、ショップスタッフの皆さんに会いお礼や感謝とおめでとうを伝える。星のアトリエのサンルームのガラス扉に補助錠を取り付けようと鍵屋さんを呼んだ。まずは下見をしてもらって取り付けが可能なのかどうかだ。全体がアルミニウムや鉄などの金属の扉であれば取り付けは簡単だと言うことだが、星のアトリエのようにガラス扉でフレームがアルミニウムなどの場合、フレームの幅が広くはなく取り付けの困難な場合が多いそうで、星のアトリエの場合もどうやらギリギリらしい。アルミニウムのフレームの内側にガラスの見切れた部分が入っているのだが、取り付けたい錠のネジが多分そのガラスのエッジに当たるであろうと思われる。かなりギリギリでセーフかも知れず、フレームの内部を調べたり計測したりするが、取り付けに際して鍵屋さんは大いに悩んで悩んで最後に「こわいんです・・・」と舞台の台詞のように哀しげに言うものだから僕は可笑しくて笑い出しそうになった。

雨が続いて寒さが戻って来た感じ。今描き始めた絵は、Coolie’s Creekで4月30日から開催される忌野清志郎追悼展のためのもの。今回で4回目の追悼展になる。無礼者の音楽隊のパレード。心からの声と音楽を求めて音楽隊に付いて行く。音楽隊は行く。見たもの、聴いたもの、感じたもの、見たいもの、聴きたいもの、感じたいものを奏で歌い踊り歩く。だけど無礼者なんだ。ロックンロールとロックバンド。ロックンローラーはいい子じゃない。パレードに付いて行っちゃいけない。溝の中からスターに憧れて星空を見上げる鼠は悪い子だと言われる。パレードに付いて行っちゃいけない。星は輝き煌めき、美しいものはネズミの眼に美しく映る。ネズミはロックンローラーに憧れ、スターになろうと溝から這い上がる。星の光にすくい上げられる。いけないか?ロックンローラーはいい子じゃない。無礼者。無礼者の音楽など誰も聴きはしない。ただ心からの声と音楽を求めてパレードに付いて行く。星の光が煌めいて消える。星の光が消えては煌めく。

多くの人々の子供の頃に描いた絵には、小学校の写生会などで、または夏休みの絵日記の絵の中で、画用紙のどこかに黄色や橙色や赤色の太陽を描く事が多い。僕はそんな子供のように太陽そのものを、あるいは太陽を擬人化し、象徴的な太陽の天使、太陽の天馬として描く。太陽は信仰の対象として世界の各地で崇められ、あるいは畏怖されている。宗教や信仰とは関係無く、太陽はこの世界にとって一番大切な存在だ。あまりに当たり前に重要なのでつい忘れてしまう程に。我々は太陽に背く事、反する事をしてはならないのではないかと考える。自然天然の摂理に沿って生き守らなければならない事、それらに逆らう事はどの様な結果を生むのだろうか。人の行いのなかで自然天然の力に反すると思う物事、事象については熟考し再考すべきだろう。太陽は知っている。5月21日には太陽と月が重なる「金環日食」が日本では25年振りに見られる。夏にかけては、金星が太陽、月に重なる現象もあるという。太陽のS極とN極が入れ代わるということも。ニュースによると5月にも太陽の磁場が反転し、北極と南極にN極=プラス磁場。赤道付近に二つのS曲=マイナス磁場が生まれる「4極構造」に変化し、太陽が冬眠するという。見物人が居ようが居まいが宇宙の永遠のパフォーマンスは続く。人は地球にとって宇宙にとってどのような存在なのだろうか。

休養日。身体を休めメンテナンスする。仕事の性質が身体的肉体的にアクティブでは無いのでどうしても運動不足になる。ゆっくり半身浴してリラックスする。ゆっくり食事をしてさらにリラックスする。好きな音楽を聴きぼんやりとして、新しい本を読み始める。精神的アクティビティ。精神的頭脳的には運動過多。作品製作のトータルなテーマ「未来神話」。未来の神話、未来への神話。神話とは何か。歴史と神話との違いは。世界各地の神話の類似性について。神話に語られる宇宙の始めについて。民族や国々の起源や文化の始まりについて。超自然的な神々の所業や英雄と怪物たち。広く知られてはいるが根拠の無い荒唐無稽と思える話。古代、言語というコミュニケーションのシンボルが生まれて、人間が語り伝えて来た勝利者の歴史のこと。広く知られていて根拠も無いのに関わらず、絶対的なことと信じられている出来事の数々。我々は神話の一部になり得るのか、神話になりたいのか、既に神話なのか。

マキコ会と称して焼き鳥の店で草鍋の会。美大時代の友人マキコさんはニューヨークから仕事で時々日本に来る。同様に美大時代、そして福生ハウス時代を知るチズコさんと、これもまた同様に古くからの友人オオスミちゃんの四人で集まる。オオスミちゃんの切れの鋭く、時として重厚な、ずっしりと腰にくるけどそれでいて軽やかな、えげつない下ネタなどでいつもならもっと盛り上がる所かも知れないけれど、ナギちゃんが来れなくなったこともあって、今夜は少し静かな集いだったかな。今のこの国や世界の現実、未来に薄暗い影のような、ヴェールを被ったようにえも言えぬ不快感がある。そんな不安感を吹き飛ばすような酒や歌声が必要な時では無いのだろうか。僕らの世代は先の大戦が終息して、約10年後の、日本という国が敗戦から復興への力を見せ始めて安定した頃に生まれ、大きな不自由や不便も無く恵まれた中で育って来た。今の世の状況は、あらゆる点で戦争状態にも例えられるような厳しい様相を表していると思える。次の世代のための橋渡しをせねばならない。

フランス祭りと称して、昨日仕入れたフランス産の食材を中心にした夕食。超特大のフランス産白アスパラガス2本は歯切れのシャキッとしたセンイ質、やはりフランス産のしっかりとした人参と小玉ネギ、京都のまろやかにパリッとした食感のサヤエンドウ、ジャンポール・エヴァンのアプリコットジャム、鳥昌のもも肉、小豆入りの玄米スープ、パリで一番になったバケットは薄めにスライスしてそのまま、フランス産のいい柔らかさになった白い干しイチジク、フランス産ムラサキキノコはエノキタケに似ているけれど独特の香り。フランス産山羊のチーズ、シェーブル。なんでもないスパークリング・ワイン、フランスの田舎のチョコレート、クランチしてパイ生地に混ぜられたアーモンドとヘーゼルナッツ入り。各種食材を自由に組み合わせて、笑顔と美味しい物の幸せをいただく。

風の薫る季節に入って来た。住宅街を歩くと、家々の庭に植えられた樹木が若々しくあおい香りを風に乗せて運ばせる。庭の木の名前は知らない。白い花をつけた枝を、老人が拝むように植木ばさみで切ろうとしている。背の届く低い位置に幾本かの花を咲かせた枝があり、どこを、どのように切ったら良いか迷うのだ。ややあってここと思う所を優しく労るようにいただく。きっとご自分の部屋の一番大切な所に生けるのだろう。花はそうして生けられて生きるものでもある。野にある花を野にあるがままに眺めるのは好きだ。雑草もむやみに抜くのではなくて、手入れをしているかしていないのかよく解らないような状態を好む。美しく整えられていてもこれ見よがしなのは好きではないし、かと言ってまるで手入れがなされていない風なのはより好まない。何につけてもそのような適当が良いとする、そんな癖があり、机の上や仕事場の片付け方整え方もしてあるようなしていないような、しかし、全てに手と手入れが行き届いている状態が最上だと感じる。綺麗に整理整頓されているのは面白くない。気持ちは良いけれども、神経質な気持ちのよさを感じる事が多い。ただ、その様な神経質も楽しい。何かやどれかに決めてしまう事が一番つまらないと思う。決めるのも自由だし決めないのも自由。自由が貴い。

FBで佐久間正英氏がPLASTIXの本格的な結成と活動を呼び掛けた。すぐにTAKUYA氏と続いて中西俊夫氏が賛意を示し、リンダ嬢、佐久間音弥氏、屋敷豪太氏のメンバーでサマーフェスティバル、ワールドツアー、レコーディングと言う目標に向けてスタートする事になった様だ。12日の佐久間氏のステージでは、色々な発見や驚き興奮があった。ロックミュージックとパフォーマンスの真髄を感じた。中でもPLASTIXのステージは同時代を過ごした者としてより興味深く強い期待を持って接したものだが、予想を上回り無邪気に楽しめた。ステージ終了後のバックステージでTAKUYA氏にPLASTIXでの姿が様になっていたと言ったら、PLASTIXでギターを弾くのが楽しいと嬉しそうだった。リンダ嬢も感と才能がある。FBで佐久間氏が呼び掛けたバンドやろうぜ。信じがたいスピードで進んでいるがPLASTIXはPLASTIXであってPLASTICSではない。楽しみだ。お台場DIVER CITY、BEAMS LIGHTS旗艦店のプレオープン。明るく若々しい印象の店だ。我がDOVEテキスタイルやBとLのレターデザインを使用したカットソーのワンピース、ジャケット、ストールなど我々が関わった服やアクセサリーのデビューでもある。レジカウンターの背後の壁にはBEAMS LIGHTSのコンセプト、「旅」をテーマにして描いた絵が額に入って飾られている。旅に出ること、そして人生とは冒険だ。船出を祝う、そしてありがとう。kikiギャラリーではFPM田中知之氏のブランド、LISTの展示会を開催中。パートナーの中辻氏のFULL COUNTと共に。上質で手の込んだ製品の数々に、腰が据わったパワーを感じた。LISTのライダースジャケットは逸品。

読んでいる本は短編集で、とても面白いのだけれども、強い印象を持ちながらゆったりと包むスピード感があって気持ち良い反面、奇妙な奈落を持っていて、多分、それは著者が日本の魂や心、そして文化を良く知った気高いフランス人だと言うのが理由だと思え、格別な感性に対する好奇心と興味は尽きないが、しかし二度読むのを中断した。今の自分には静かで密やかだが、しかし容赦のない許容を超えた情緒の奔流が悲しく苦しい。一度目はせっかく知り合った事だし、短編集の最初の幾つかの物語の中には、こんな風な読後の寂寞は許そうと考えて再び読み始めることにしたが、その寂寞感や哀しみのメロディーは、僕と活字の間の空間を去ることは無かった。そして、二度目の中断。滅多にあることでは無いが、読み終える事の無い本になるのかも知れないと思う。重苦しい音符は今の自分の弱った部分に折り重なるように積もる。多分もしも著者に会うことがあるとすれば、中断した本との距離に変化が訪れるのだろうと思う。あるいはもちろん受容する僕自身の変化の時を待つことで。アルバムAngelをCDの山から取り出して久し振りに聴いてみた。dip in the poolとの2曲。「Heven’s Above」と「Sora to Umi」特にこの2曲は今この時の曲だと思う。佐久間正英氏との2曲「Angel’s War」と「Lovely View」には、自分のアルバムからとは言えども今更ながらに心を動かされ、軽くあまりにも深淵な音像に驚く。このことによって、中断した本と今日の僕の行方はつなぎ止められた。

Power Of Beautyの料理レシピ集を編んだらどうかな、と思う。何しろ食と言うのはクリエイターにのみならずとても重要だと思うので、忙しさや仕事への集中のなかで少しでもないがしろにする事の無いように素早く美味しく、アイデアがあって見栄えの面白い、アーティストやデザイナーのための、手軽なエネルギー補給食の数々を。名付けて「POB QUICK QOQING」、「QQQ」。シンボルマークはスプーンをくわえた王様。まあ、こんな事を考えている時はかなり楽しい。早速料理もいくつか考えたり、定番料理をおさらいしてみたり、はたまた料理の心得のある映像作家T君にお願いして、2週間に一度程の割合で星のアトリエに昼食を作りに来てもらっていた時のレシピなどを引っぱり出して眺めたりなどしてこっそりと盛り上がった。やはり食は的確でなければならないと思う。安いとか高いとかの問題ではもちろん無く、その時に欲っしている、体に合ったものをきちんといただけるかと言うことだ。食べたく無い物を食べる事は無いし、何となく何かを食べるということでも無い。食べたいな、と思うものを素直に食べる事だろう。太るとか痩せるとか気にする事は無い。正しいものを正しくいただく。良いものは不思議と食べ過ぎる事は無い。ジャンクフードのように後を引かない。ジャンクも必要だろうし、後も引きたいものだけれど。

ヘアカット。思い立って今日の空いてる時間をたずねたら18時と。PIPPALAの内田氏が快い返事をくれた。雨の夕方、人気の少ない代官山。中目黒辺りも桜を見る人は僅か。いつもの様にカットしてもらうが、今日は前を長いまま残して、後ろを短く刈り上げる様にお願いする。内田氏は80年代テクノカットのパイオニアで現在も著名人のヘアを手掛けるが、新しく斬新なヘアカット、ヘアスタイルが何か無いかなどと話をする。僕のスタイルは、個性と合舞ってすっかり定着しているが、助手Aに言わせると、変化に乏しくどころか、少し長くなるとカットするだけなので、見飽きたのか面白く無いらしい。もちろん面白ければそれで良い訳は無いが、助手Aは自分の髪を自分で刈り染めるので、休み明けの月曜の朝などには、その色彩と自由なカットセンスにかなり驚かされる事がある。確かにそれは楽しみな事である。だからと言って僕にも同様な事を求める者は無い。まあそんな風な同様なことを求める訳では無かろうが。その話をすると内田氏は面白がってくれたが、内田氏の様に修行研鑽を積んだプロフェッショナルにはミリ単位以下のカットの腕があり、どんなにメチャクチャな髪にしてやろうと思っても、きれいな美しいものになってしまうそうなのだ。そう言えば僕のスタイルもよく考えてみると基本的には変わっていて変は変だ。内田氏だからまとまりがついているのであろう。内田氏が帰り際に、思い出したようにどうしてもミックさんに似合うと思うのでやってみたいスタイルがある!と言うので、何?とたずねると、7:3。と言うので、なる程、かえってその方が今時古新しいアバンギャルドかなと思った。

まだ昨夜のステージの余韻が尾を引いている。午後、渋谷のヒカリエへ。BEAMS LIGHTSの壁画の色調を確認。色は問題無く進められるが、サイズの問題が出て、デザインをやり直す事になる。開店へ向けての準備にショップスタッフの皆さん大忙し。お顔を見知ったスタッフも多く、持参した壁画のストーリーカードを皆に配る。その足で藤木夫人のブランドBARLOUDの展示会へ。お茶目な美人さんで、展示会のお土産にSAVA!缶=サバの缶詰をいただいた。サバの缶詰は、DMの絵柄がサバ?またはイワシのようで、そのDMと服との関係が、特別何かあるかとなると展示されている服自体とサカナ、あるいはお土産のサバ缶に何ら因果関係は無いのがさばけていて素敵だ。けど、何か特別な関係性が解りやすくあった方がいいかなと思う。解りやすくなくても良いけれども。何か。服はデリケートな強さがあって好きだ。レディースなので、僕が着れる物は基本的には無い。けれど、これは着こなせる、と思える物は幾つか有った。ワンピースやニットのカーディガンなど。星のアトリエに戻り、GONTITIの譜面台用のタイポグラフィの選定やKICKAPOOのDMデザインミーティングなど。夕方遅くなってから雨になる。車のタイヤ、冬用から夏用に取り換える。

佐久間正英還暦祝いコンサート。CLUB ASIAにて。10バンドがそれぞれ30分程のステージ。佐久間さんがプロデュースなどでかかわりのあるミュージシャン達。そのほとんどとステージに立ち演奏するモンスター振り。やんちゃなスターズをまとめるサーカスの団長、あるいは調教師。ステージ変換のインターバルには一人で、あるいは出演者とトークで繋いだりと忙しい。早川義夫氏との話しのなかで、ミュージシャンは二十歳位の時に輝きが無ければ一生輝きは無いということ、そして五十や六十になっても頭の中身は十八、十九のままだと言う話しには全く同感。子供の頃には年を取ったらそれなりの悟りのようなものを得るものと思っていたが、いまはそれははっきりと幻想として認識している。佐久間さんは十六の時、JACKSの早川義夫さんのステージを見て人生が変わってしまったのだと言う。芸大を目指していたが、早川さんの通う和光大学へ。二十二歳で歌うのをやめて本屋になった早川さんの二十六年振りの再デビューを知って、プロデュースをさせて欲しいとお願い。佐久間さんが自らプロデュースをさせて欲しいと願い出たのは早川さんに対してが最初で最後とのこと、今のところは。早川義夫、佐久間正英のコンビネーションは今日に至り、今夜も緊張感のある素晴らしい歌と演奏を聴いた。佐久間プロデュースの若いバンドのなかでは、ウラニーノとN’夙川BOYSが面白い。VIOLENT IS SAVANNAも良かった。JUDY AND MARYのチャイルドだね、影響の深さと強さがある。佐久間さんとは大学の同窓だったマネージャーの内藤氏、マネージャー歴四十年、今日が誕生日。共に還暦おめでとうございます。素晴らしいです!こんなに内容豊かで良く笑ったコンサートはない。今夜大活躍したTAKUYA氏のバースデーコンサートも面白さはピカイチだけど、今夜も大いに笑った。HYSTERIC BLUEのTAMAちゃんと拓哉くんとも久し振り、SCREAMING FROGSという二人の在籍する新しいバンドにも注目。今夜のラインナップの中にあってdip in the poolの甲田益也子さん木村達司氏の空気感は得難いものだね、霊的。UNSUSPECTED MONOGRAMは佐久間さん究極のバンド。ご子息、佐久間音哉氏が効いている。GRAYは圧倒的、小さな小屋でもドームでも同じパワー。TAKUYA氏、TAMAちゃんとJUDY AND MARYから一曲「MUSIC FIGHTER」、凄い曲。PLASTIXにはN’夙川BOYSのリンダさん、TAKUYA氏が参加。二人のフロントアクトはTOSHIO NAKANISHI氏とぴったりはまってびっくりした。立花ハジメ氏も最後に恭しく参加、花を添える。偉大なプロデューサーの前ともなると、出演する皆は精一杯のパワーを出し、時には精一杯以上の何かも出た。観ている僕らも精一杯。出演バンドを出演順に。VIOLENT IS SAVANNA、ウラニーノ、HYSTERIC BLUE/TAMA,拓哉,若菜拓馬,力石理恵,佐久間正英、dip in the pool+佐久間正英、早川義夫+佐久間正英,根岸孝旨,そうる透、UNSUSPECTED MONOGRAM、N’夙川BOYS+佐久間正英、GRAY+トシ永井,佐久間正英、TAKUYA+そうる透,佐久間正英,TAMA,若菜拓馬,佐久間音弥、PLASTIX/TOSHIO NAKANISHI,リンダ,TAKUYA,佐久間正英,屋敷豪太,佐久間音弥,立花ハジメ。パーティーセッションタイム。OVER THE DOGSとウラニーノのドラマー小倉氏。VIOLENT IS SAVANNAとTAKUYA氏でJUDY AND MARYの「ラバーソウル」、夢は叶うものだね。来場していた高橋まこと氏のドラムでBOOWYの「DREAMIN’」。最後に佐久間さんの「おやすみ音楽」は公開収録。ゆあさみちるさんと。

雨。桜の花が散ってしまうと心配する人がたくさん居る。花が散って残念とも言う。散らねばならないのが花。美しく。変化を惜しむ気持ちと喜びは同時にあるもの。日本人にとって桜は特別な花だね。その季節を花とともに追って毎日の美しさを素直に喜びとしたい。ジューン・バーキンのアルバムを久し振りに聴いて、高校時代に大いに憧れたのを思い出した。もう内容もきちんと覚えてはいないし、シーンも断片的にしか思い出せはしないけど、「カトマンズの恋人」やアントニオーニ監督の「欲望」を眼をハート型にして観ていた。たびたび来日してコンサートを開いてくれ嬉しい。フランス人にとって、パリっ子にとって、ゲンズブールやバーキンは果たしてどんな存在なのだろうか。やはり、ある人々にとって僕らが抱くような憧れを持って迎えられているのかな。ゲンズブールの住んだサンジェルマンデプレの家の壁にある、世界中からやって来た無数の落書きの意味を解読するには及ばないこと。ゲンズブールが僕らに与えた影響はとても大きいし、フランスのポップな文化を語る上で必ず評価され評論される人物だから。僕のなかではジャン・コクトー、ボリス・ビアン、ゲンズブールはたくさんの支流を有した巨大な流れとしてとらえられている。