PICTURE DIARY 0208SU2015

PD20150802s
生まれ故郷の水戸で高校生だったころ、和菓子屋の息子の友達がいて、彼の家の離れにあったステレオでツェッペリンやジミ・ヘンドリックス、クリームなどのレコードを聴いた。ステレオには簡単なイコライザーが付いていて低音を強調したり、高音をシャカシャカいわせたりして遊んだ。中でもアートロックと形容されたクリームに影響を受けて、ジャック・ブルースのインテリジェンスのあるベース、エリック・クラプトンのブルージーなギター、ジンジャー・ベイカーのバタバタいう不思議なジャズドラムを手本にした。クリームのような3人編成のパワーバンドに憧れて気の合う仲間とバンドを作ったが、その頃読みふけっていた三国志にあやかって「三獄使」と名前を付けた。庄司薫の「赤ずきんちゃん気をつけて」が流行って、なぜか付けられた「かおる」というあだ名から「ミック」になったのもこの頃。単に気分だった。田舎にあったメンバーの家でリハーサルは大分やったが、演奏の機会はなかった。そのうちに多摩美に入り福生に住むようになる。自由というよりも単に気ままな日々。今日の仕事をしながら徒然に思い出されたこと。空気で生きて来ているところがある。

One Comment

  1. びびよん より:

    ちょうど今日のお話の頃じゃないでしょうか。妹さんのお別れ会でミックさんの水戸のおうちにうかがったことがありました。茨城鉄道線が全線廃止になった年の年度末です。

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