PICTURE DIARY 1110SU2015
中国の古典に憧れと造詣が深い父も伯父も、俗世からいかに相応な距離を置くかということに心を向けたきらいがある。幼い子供の頃から杜甫や李白、白楽天などの詩文に親む機会を得たものだが、表面的に過ぎて今は記憶の彼方にある。父の残した膨大な漢文などの古文書は、整理もつかぬままに無闇に眠っている。ここのところ、内に俄に中国の文化人類学的な歴史への興味が、少しずつ頭をもたげ、頭を垂れる。古来から多くの人々の交流を通して、文化や技術、宗教の伝来を見、発展繁栄熟成を得た日本の国の本質について、何を識ろう。いかに俗世を離れようか、どのように世俗にまみれようか、魂を高みへと如何に磨き上げられようものか。大陸に還らず学び、静かに世界を眺める。